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企業価値担保権とは——事業全体を担保にする新しい融資

本記事は2026年10月6日時点の公開情報に基づいています。制度の詳細は金融庁「事業性融資の推進(企業価値担保権等)」をご確認ください。本記事は一般的な情報提供であり、特定の融資や金融商品の利用を勧めるものではありません。利用できるかどうかは各金融機関の判断です。

ニュース解説の第9弾は、融資の新しい仕組み「企業価値担保権」です。2026年5月に制度が始まり、金融庁が9月に公表した今年度の金融行政方針でも、金融機関の取り組みを後押しすると明記されました。名前は聞いたことがあっても、中身はまだよく知られていない制度です。

ニュースの概要

「事業性融資の推進等に関する法律」が2026年5月25日に施行され、企業価値担保権の制度が始まりました(出典:金融庁 制度の概要)。金融庁は2026年9月15日に公表した「2026事務年度 金融行政方針」で、この制度について金融機関の組織的・継続的な取り組みを後押ししていくとしています(出典:金融庁 金融行政方針)。

制度の主なポイントは次のとおりです(出典:金融庁 法律の概要、制度の概要)。

  • 無形資産を含む事業全体(会社の総財産)を担保にする
  • 企業価値担保権を使う場合、粉飾などの例外を除き、経営者保証の利用が制限される
  • 担保権者は、新しく設けられた信託業の免許を受けた者がなる
  • 企業価値担保権は商業登記簿に登記される
  • 万一の際も、商取引の代金や従業員の賃金などは優先して支払われ、事業を譲渡した対価で融資を返済する仕組み

これまでの融資と、何が違うのか

中小企業の融資は長く、不動産などの担保と、社長個人の保証に支えられてきました。企業価値担保権は、その発想を変える制度です。

これまでの融資 担保にするもの 不動産など特定の資産 金融機関が重視するもの 担保の価値・過去の決算 経営者保証 求められることが多かった 企業価値担保権による融資 担保にするもの 無形資産を含む事業全体 金融機関が重視するもの 事業の実態と将来性 経営者保証 原則として利用が制限される

図1:これまでの融資と企業価値担保権の違い(出典:金融庁の制度資料をもとに作成)

金融庁の資料では、想定される例として、有形資産を持たないが技術力のあるスタートアップや、不動産の担保評価は低いものの長年の顧客基盤やブランド力を持つ地元の老舗が、事業の将来性を評価されて融資を受ける姿が挙げられています。主な活用場面としては、地域の中小・中堅企業の設備投資のほか、事業再生・事業承継、M&Aなども示されています。

施行から4か月——実際に使われた3つの事例

制度が始まった5月25日から、地域の金融機関による実際の融資が公表され始めています。公表情報をもとに、タイプの異なる3つの事例を紹介します。

事例1:老舗の製造業 福井銀行・商工中金 (協調融資・5月25日) ・業歴110年超の合繊織物 メーカー ・一貫生産体制と独自の 織繊技術を評価 ・両行とも初の案件 事例2:創業間もない成長企業 東邦銀行 (5月25日) ・クラフトジンの蒸留所 ・5年間の事業計画を 銀行と共同で策定 ・販売や在庫をKPIで 確認しながら融資 事例3:M&Aの買収資金 筑邦銀行 (6月) ・介護関連企業の 買収資金 ・約3億円 ・九州で初の事例

図2:施行後に公表された活用事例(出典:福井銀行ニュースリリース、日本経済新聞の報道をもとに作成)

事例1は、業歴110年を超える老舗の製造業です。福井銀行は施行日の5月25日、商工中金と協調して、福井県勝山市の合繊織物メーカー・ケイテー株式会社に企業価値担保権を活用した融資を実行したと発表しました。1910年創業の同社の一貫生産体制と独自の織繊技術に着目し、その強みと将来性を評価した融資とされています。福井銀行にとって初めての案件です(出典:福井銀行 ニュースリリース)。金融庁の資料が想定例に挙げる「長年の強みを持つ老舗」が、そのまま形になった事例と言えます。

事例2は、創業間もない成長企業です。東邦銀行は同じ5月25日、福島県川内村でクラフトジンを製造するKokage(コカゲ)への融資を実行しました。報道によると、資金は蒸留所へのレストランバー併設に使われ、銀行は月1,000本の生産を3,000本に増やす5年間の事業計画を会社と共同で策定。販売チャネル別の実績やジンの在庫について、KPIやコベナンツ(融資契約で約束する条件)で管理する仕組みとされています(出典:日本経済新聞)。

事例3は、M&Aの買収資金です。筑邦銀行は6月、福岡市の企業の資産管理会社に対し、介護関連企業を買収する資金として約3億円を企業価値担保権付きで融資しました。九州で初めての事例と報じられています(出典:日本経済新聞)。

このほかにも、北海道の老舗旅館(北洋銀行)や、静岡市で木くずの再生・処理を手がける企業(清水銀行)への融資など、業種も規模もさまざまな事例が続いています(出典:時事通信)。

3つの事例に共通するのは、融資の根拠が不動産の価値ではなく、技術・ブランド・事業計画にあることです。とりわけ事例2では、事業計画を銀行と一緒に作り、融資後もKPIで進み具合を確かめる仕組みまで組み込まれています。金融庁が「金融機関との緊密な信頼関係」を制度の前提としているのは、まさにこうした運用を指していると読めます。

使う前に知っておきたい条件

企業価値担保権は、借りる側にとって良いことばかりの制度ではありません。金融庁の資料から、事前に知っておきたい条件を整理します。

1 既存の借入をすべて借り換えて使うのが基本の形 2 事業譲渡など大きな財産の処分には、事前の同意が必要 3 金融機関との緊密な信頼関係が、制度の大前提 4 取り扱うかどうかは、各金融機関の経営判断

図3:使う前に知っておきたい4つの条件(出典:金融庁「制度の概要」「FAQ」をもとに作成)

1つ目の借り換えについて、金融庁の資料では、主な活用例はいずれも既存の借入をすべて借り換えて行うか、借入のない企業に融資する形とされています。一部の借入だけに使う制度ではない点に注意が必要です。

2つ目の事前の同意は、経営の自由度に関わります。融資の判断の前提になった事業計画を超えるような財産の処分、たとえば事業の譲渡などを行う場合は、担保権者と事前にコミュニケーションをとり、同意を得る必要があります。

3つ目と4つ目は、制度の性格そのものです。事業の将来性に基づいて貸す以上、金融機関は事業を深く理解し続ける必要があります。金融庁も、企業価値担保権を採用するかどうかは各金融機関の経営判断だとしています。なお、借りる側は、借り換えによっていつでも企業価値担保権を消滅させ、メインバンクを替えることができるとされています。

実務家の視点——中小企業が準備しておくべき3つのこと

企業価値担保権を実際に使うかどうかは、会社ごとに条件を比べて決めることです。ただ、この制度の登場が示している方向性——融資の判断が「担保と保証」から「事業の将来性」へ移りつつあること——は、使うかどうかにかかわらず、すべての中小企業に関係します。

第一に、事業計画を「説明できる形」にしておくことです。将来性に基づいて貸すということは、金融機関が事業計画を読み込むということです。事例2で、生産を月1,000本から3,000本にするという具体的な道筋を5年計画に落とし込んだように、売上の伸びや投資の回収を、根拠のある数字で説明できるかどうかが問われます。計画の組み立て方は「年度予算の作り方」で解説しています。

第二に、月次の数字を定期的に開示できる体制を整えることです。事業の実態を理解し続けてもらうには、決算書だけでは足りません。事例2では、販売の実績や在庫がKPIとして融資の管理に組み込まれていました。融資を受けた後も、月次の試算表や資金繰り、計画との差を、早く正確に出し続けられることが前提になります。「月次決算の早期化」や「KPI設計の進め方」で書いた仕組みは、この開示の土台です。

第三に、メインバンクとの関係を見直すことです。企業価値担保権は、一つの金融機関(または金融機関団)と深い関係を築く前提の制度です。今の取引金融機関が自社の事業をどこまで理解しているか、定期的に対話できているかを点検してください。経営者保証を外す動きとあわせて、「経営者保証なし融資が55.7%に——外すための3要件」も参考になります。

なお、事業計画や月次の数字の整備を含む経営管理の現在地は、経営管理体制チェックリスト(約3分・無料)で確認できます。

✔ ポイント

企業価値担保権は「誰でも使える便利な融資」ではなく、事業の将来性を金融機関と共有できる会社のための選択肢です。だからこそ、この制度が使えるかどうかは、経営管理の成熟度を測る物差しにもなります。事業計画を数字で語れること、月次で実績と見通しを開示できること——この2つが整っていれば、企業価値担保権に限らず、金融機関との対話は確実に変わります。不動産を持たない会社や、経営者保証が事業承継の障害になっている会社ほど、今のうちに準備を進めておく価値があります。M&Aや事業承継の場面での活用も想定されているため、関心のある方は中小M&A資格試験が創設への記事もあわせてご参照ください。

まとめ

  1. 企業価値担保権は2026年5月25日に始まった、無形資産を含む事業全体を担保にする融資の制度。経営者保証の利用は原則として制限される
  2. 施行日から、老舗の製造業、創業間もない成長企業、M&Aの買収資金など、さまざまな実例が出ている。金融庁は9月公表の金融行政方針で、金融機関の取り組みを後押しする方針を示した
  3. 使う前の条件——既存借入の借り換えが基本、大きな財産処分には事前の同意、金融機関との信頼関係が前提、採否は金融機関の判断
  4. 制度を使うかどうかにかかわらず、事業計画を説明できる形にし、月次の数字を開示できる体制を整えておくことが、これからの資金調達の土台になる

当社のコムレイド経営企画部では、金融機関に説明できる事業計画づくりや、月次の数字を早く正確に出す仕組みの整備、金融機関向け資料の作成までを、CFO・経営企画のプロが伴走してご支援しています。「事業の将来性を、金融機関にどう伝えればいいか整理したい」という段階のご相談は、経営管理 無料診断(60分・オンライン)でお気軽にどうぞ。


出典(2026年10月6日閲覧)

執筆:コムレイドコンサルティング合同会社 代表社員 千葉 学(CFO・FP&A支援)

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